今日もカメラを持って家を出たけれど、デジカメの中のメモリーではなく、自分の記憶にそれを残したいと思った。だから、カメラは鞄の中に入れたまま、はかなく咲くその花びらを歩きながら眺めた。

日本橋さくら通り沿いの八重洲口に近い方は早くも花びらが散り始めている。やはり今年の桜は去年より色が白いと思う。花びらの根元に目立ち始めているは緑の葉を見ると花びらに早く散れと迫っているようでとても残酷な気がする。いつものように、高島屋の横を歩いている途中、風で散った花びらの一枚が紺色のスーツの左肩に舞い降りた。小さなお客さんだ。

通り沿いにある洋品店はいつも僕がさくら通りを歩いている時間は開店していないのだけれど、今日はゆっくり歩いていたせいか照明がついていた。季節の変わり目で英国生地を半額でセールしていて、なんとなく一着買うことにした。以前も作ったことがあるので、軽くサイズを確認してもらって5分で終了だ。このお店でスーツを買うのはこれが最後になるかもしれない。朝通勤の途中でスーツを買う会社員はそういないだろう。「桜がきれいですね」、と声をかけたけれど、お店の方はそれほど桜が気になっていないようだった。