約束

気がついたら、あっという間に12月になっていた。ああ、また年賀状書かないといけないと思って、そして大学のT先生のことを思い出した。

T先生には卒業してから毎年年賀状を送り、そして先生からも賀状をいただいている。T先生はいつも決まって「たまに講座に顔を出してください」と書いていて、そして僕はいつも「今年は講座に顔を出したいと思っています」と書くのが習慣のようになっていた。ずっと実現できていないその約束に心が苦しくて、今年の年賀状では「顔を出したい」ではなくて、「今年は講座に伺います」と書いていた。12月1日になって、腕時計やカレンダーの表示が12月になったとき、まっさきに思い出したのはその約束で、もう時間がない、今年も行けないのかなと思った。

「行きたい」と「行きます」の違いは小さなことで、T先生もその約束を守らないことをとがめることはないだろう、でも自分がお世話になり尊敬しているT先生に対する約束を守れないことは自分が許せなかった。それから会社と自分の予定を調べて、10日と11日の2日なら他の人に迷惑をかけることなく行けそうだとわかった。そこしかなかった。

T先生にも実家にも、誰にも連絡する前に飛行機を予約し、それからT先生に電話をいれた。幸い、10日時間をとっていただけることができた。そうして、僕は朝の飛行機で千歳空港に向かい、JRで札幌駅に行き、駅から北大の工学部まで歩いた。道は変わっていないけれども、建物が変わり、店が変わっている。それはそうだ。もう10年以上も帰っていないのだから。

午後1時にお邪魔すると約束していたので、途中札幌駅で食事をしたのだけれど、T先生は食事をとられてなかった。そのことを知り、申し訳なく、また恥ずかしく思った。T先生と30分くらいお話をして、それから学生のいる部屋に案内していただいた。自分が昔いた講座の部屋は改装工事中で、多分工事が終わったら全然違う部屋になるんだろう。T先生は、「お前達の先輩だぞ」と簡単に紹介してくれて部屋に戻られ、それから10名弱の後輩達と話をした。

自分が学生だったころ、こうしてたまに「先輩」がきたっけなと、思い出したけれど、そのとき自分がどんな気持ちで先輩を迎えて、どんな話をしたかは思い出せない。前途有望な学生達に話をできるような自分ではないけれど、彼らのためになると良いと思いながら30分くらい話をした。多分、言ったことは半分も伝わらないかもしれない、でもそれでいいと思う。自分が卒業した頃に生まれた若い彼らを見ながら、彼らがこれから歩む長い道のりのことを考えた。

T先生の部屋に戻り、再びお話をした。同期の学生の消息を尋ね、また尋ねられた。ほとんど世間とつきあいのない自分は、残念ながら役には立てなくて、すまない気がした。T先生は、僕の約束を覚えてはいないだろう。でも、あいさつをして、母校をあとにしたとき、その約束を果たせたことがとてもうれしかったし、約束以上に何かを感じている自分がいた。T先生に、後輩達に何かを与えられたようなそんな気がした。