クローゼットの搬入

10年以上使っていたクローゼットが壊れた。ハンガーをかけるポールを支える部分が割れてしまって、もうポールはクローゼットの中で突っ張ることができなくなってしまった。ポールがなくなったクローゼットは、縦長の箱になってしまった。

そんなに服を持たない自分だけれど、クローゼットが使えないのは困る。近所のニトリに出かけたのは、数週間前の週末のことだ。ニトリは、何度か利用したことがあるけれど、卒業、入学のシーズンということもあって、未だかつて見たことがないくらい混んでいて、商品を決めても配送までは予約待ちだ。土日も配送しているが、既に4月は一杯というので、少しでも早くと思い予約したのが今日で、クローゼットの搬入のために会社を休んだ。

クローゼットを置くのは、2階の部屋で、壊れてしまったクローゼットは階段から上げた。原理的には階段から外に持ち出せるはずだが、引っ越しでクローゼットを家にいれてしまった後で階段に手すりをつけたので、ちゃんと外に出せるか心配していたが、案の定難儀した。階段にクローゼットが挟まる形で一時どうにもならなくなったが、強行突破して、階段と壁紙のダメージと引き換えに壊れたクローゼットを出したのはつい2、3日前のことだ。ニトリで注文を入れたときには、担当の方と相談して「階段が駄目ならベランダからあげましょう」という作戦を組んでいたのだが、このときに階段は絶対駄目だとわかった。何故なら新たに購入したクローゼットは、壊れたクローゼットより大きいのだ。

こうした配送は例外なく時間を指定できないが今回もそうだった。会社を休み、何時に来るかわからない、クローゼットを待ち受ける気持ちは不思議なものだ。宮本武蔵なら流木を拾って削っているところだが、適当な流木も削るナイフもないので、ただ電話を待っていた。

トラックが到着したのは午後3時過ぎだった。業者の方は二人で、最初に階段を見てもらったが、「これは無理ですね」と言う。それは予想していたとおりだけれど、続けて「ベランダから釣る場合には二人では無理なので、一旦引き揚げます」と言う。「おいおい、注文したときにちゃんと階段が駄目ならベランダで釣ってと話をしていたのに」と思ったが、同時に「やっぱり二人でクローゼットを持ち上げるのは無理だよな」と安心した。二人で来るというのは注文したときに聞いていてわかっていたのだけれど、一体全体どうやって大人が入れるようなクローゼットを二人で持ち上げるかが不思議だったのだ(もしかしたらはしご車のような特殊な車でくるのかと思ったら普通のトラックだった)。

ああ、今日は無駄に会社を休んでしまった。そうそう休めないんだけどなと涙目で業者の方に挨拶して見送ったら、それから1時間ちょっとしてから電話が入り、これから2台で向かいますと言う。「わかりました」と言いながら、さきほどのトラックとはしご車の2台で来る情景を想像していたが、実際にきたのは普通のトラックが2台だ。特にすごい機械もリフトもない。人数が増えたが一体全体どうやってこれで60キロ以上あるクローゼットをベランダに持ち上げるのか、一挙に緊張感が高まった。

どうやってクローゼットを持ち上げたかというと、新聞や古雑誌を縛るような感じでクローゼットに2本ひもをかける。つりズボンというかランドセルのような感じだ。その2本のひもに別のひも2本を結び、それをベランダから、人力で引っぱりあげるのだが、想像すればわかるようにただ引っ張るだけでは、ひどく不安定だ。そこでどうするかというと、凧揚げの凧を操る要領で、クローゼットの下のほうにもひもをつけて、地上で待機する業者の方がその2本のひもを操り、宙づりになったクローゼットを安定させる。上のほうでは2名が気合いをかけて引っぱり上げて、下では最初二人いるが、クローゼットが地上を離れたところで凧揚げの係の人以外は2階に駆け上がりベランダに行く。

自分はどうしていたかというと、地上に待機していて、手が届く範囲にあった間は、クローゼットを持ち上げ、真下で支えていたりしたが、そこからはもう待ったなしで見ているしかない世界だ。自分の家は大変こじんまりした小さな家だがそれでもベランダまでは結構な高さがあり、60キロ以上あるクローゼットが宙にあがっている光景はとても非日常的かつ「落ちちゃったらどうしよう」的なものがある(途中疲れたり、力が尽きてしまった場合、ゆっくりとクローゼットを地面に降ろすということはできないし、それを地上で受け止めることはモビルスーツでも着用していなければ無理だ。あいにくモビルスーツは用意していないから、多分クローゼットは地面に落下して壊れてしまうだろう)。

クローゼットのような大きなものが(普段意識していないが、ベランダから宙づりになった様子を見ていると案外大きなものなのだ)、ベランダくらいの高さに浮かんでいるのは不思議と言えば不思議なものだ。プロセスとしては、最初はひたすら持ち上げて、上端がベランダに届くとそこから手前に「引き込む」形になる。引っぱり上げながら手前に引き込むのは、見ていてものすごく大変だ(多分何回かに一回は落としてしまうんじゃないかと思った)。なんとかクローゼットが水平に近くなったのを見て一安心したけれど、そこまでは本当に手に汗握るという感じだった。

こうしていろいろあったけれど、高さ190cmあるクローゼットは無事2階に設置された。近所のお店に走って行って飲み物を買ってきて帰り、業者の方に渡した。皆さん、一仕事したというとても良い顔をしていて、そして気持ちがいい。ただ当たり前のことをしただけですという感じで、そのさわやかさに感動した。まさにお値段以上ニトリである。