落とし物

夜7時を過ぎてから、買う物があって自転車で近所のスーパーに出かけた。買い物をすませてからの帰り道、歩道の段差を腰を浮かして乗り越えた時、いつも札入れを入れているズボンの右ポケットが空になっていることに気がついた。スーパーからの道は直線で距離も300メートル足らず。時間にして5分も経っていない。足下を見渡して、信号が変わるのを待ち、わたってきたばかりの信号を戻る。来たときと同じように信号を2つ渡りスーパーに着いたが財布はなかった。仕方ないので、お店の人に落とし物があったら電話をしてくれるように頼み、道を探しながら家に戻った。

戻りながら財布の中に入っていたもののことを考えた。とりあえず金曜日の歓迎会のお金を払うのにお金がいるけれど銀行と郵便局のカードがないからおろせない、でも郵便局は通帳でおろせるからまあ大丈夫かな、免許証があったから無くしたらやっかいだ、そういえばTSUTAYAのカードもあったから24が借りられない等々。家に着いて、買い物袋を置いてから懐中電灯を取り出しもう一度道を探したけれどやっぱり見つからなくて、一応警察に届けようと思い交番に向かった。交番に入って、「財布を・・・」と言いかけたら中でお巡りさんが机に向かって何か書いていて、その前に財布が開いた状態で置かれていた。

交番の机の上に置かれていた僕の財布は何年か前に横浜そごうで買ったGANZOの製品で、見開き両面にカードがはいるタイプだ。本当はCYPRISの財布を買おうと思っていたけれど、勧めてくれた店員さんが「実は自分でも使っています」と言って見せてくれたのが決め手になった。派出所の机に置かれたその財布は、つい30分前まで手元にあったもので、もう何年も毎日僕と一緒にあったものなのに、妙に汚れてくたびれて見えた。僕は、「よう」と声をかけたら、財布はちょっと気まずそうに「遅いぜ」と言った。

財布は高校生の女の子が信号のところで拾って、ほんの数分前に届けてくれたらしい。お礼をしたかったけれど、「連絡は不要です」ということなので僕は心の中で、「本当にどうもありがとう」とお礼を言った。30分ぶりに僕の右ポケットに戻った財布はずっと黙っていた。僕は小さな声で、「落として悪かったな」と言ったけれどやつは何も言わなかった。