「引き算」の作業時間

Linux Foundation Japanの講演の準備がなかなか進まなくて、心苦しかったけれど会社の歓送迎会をパスした。夜7時過ぎから終電の午後11時まで、人のいなくなった会社に残り、一人MacBookKeynoteを使っていた。毎日、会社に行って、遅くまで仕事をしているのに、この一人で考える4時間は、こうしたときか海外出張の飛行機の中でもなければとれない。

講演のストーリーや構成を考えるような創造的な作業はいつでも行えるものではない、少なくとも自分の場合はそうだ。体調が平均以上で(頭痛がしていたりしては駄目だ)、他に気になることや急いで片付けないといけない作業がなくて、そうして一定以上割り込みがはいらない時間がとれないといけない。この最後の条件がきつい。ひどいときには、一週間フルに出勤しているのに1時間もとれないことがある。

もうひとつ、自分の場合は「(自分にとって)新しい内容、技法や工夫」を盛り込まないと気が済まないところがあるし、さらに資料の作り方が決まらない限り内容を考えたり、書き始めたくないという病気のような癖がある。「チョコレートの国の侍」を書いていて、採用通知を受け取ったのが、発表の20日前の2月4日だったことを思い出した。確かそのときはLaTeXで書くことを決めて、スタイルファイルなどの執筆環境ができるまで10日くらいかかっている。その間は本文は1行も書いていないから、ああして機内で作業しないといけなくなるわけだ。書けない間は、もちろん気持ち的には尋常ではない、めちゃくちゃあせっている。でも書かない(笑)。

Linux Foundationの場合は、執筆環境自体は何故か最初からKeynoteにしようと決めていたし、「いつかKeynoteを使うだろう」という予感があったから、会社でも個人でもMacBookを買っていた。Macの本を買ったり、立ち読みしたりして、勉強しながら何を書こうか考えている。