日経産業新聞をめぐる冒険

父が胃の手術を受けることになり、昨日から札幌に来ている。

携帯が鳴ったので何かと思ったら、会社の広報部のSさんからで、以前取材に協力した内容が今日の日経産業新聞に掲載されたという。東京に戻れば、会社で記事が読めると思ったが、せっかくなので親に記事を見せようと思った。課題は、「どうやって札幌で日経産業新聞を購入するか」とセットされた。

病院は、地下鉄東西線の西15丁目駅の近くで、まわりに大きな書店はない。まず近くのコンビニをあたってみたが、日経新聞はあっても日経産業はない。そこで、周囲に日経の販売店がないあたってみることにした。ということで、数ブロック、病院のまわりを周回した。「このくらい歩けば、販売店があってもおかしくないのに」と思ったが、実際にないから仕方ない。「仕方ない。町に行くべ」とばかり、路面電車に飛び乗った。

終点で下車してから、たぬき小路(という商店街)を歩いたが、新聞を置いているところがないので、仕方なく地下街に潜った。しかし、地下街にも新聞を置いているお店がなかなかないので、インフォーメーションのお姉さんに尋ねたところ、Pivotというところに丸善が入っているという。で、6Fまで上ってみて、店員さんに「新聞はありますか?」と聞いたら、「ありません」という答えだった。そこで、仕方なく、昨日も行った、ジュンク堂に行ってみた。ここはビル全体が書店になっているのだが、やはり「新聞は置いていない」。再び、Timbuk2のバッグをしょって、札幌の町をさまよった。

大通りのテレビ塔の付近を歩きながら、「NHK売店ならあるんじゃないか?」と根拠のないひらめきに惹かれて、入ってみた。玄関の左手に「テキストコーナー」があったが、テキストしかない。「他に売店がありますか?」と聞いたら、「お店はここだけです」と非常な答え。「新聞を買うというのはこれほど大変なことだったのか」とここに至り気がついた。

ふと上を見上げると、でっかい「北海道新聞(地元では「道新」と呼ぶ)」のビルがあった。「北海道新聞がある以上、日本経済新聞社もこの辺にあるはずだ」というそれっぽいけど根拠の全くないことを思いついた。ポケットからiPhoneを取り出し、無料アプリケーションのAround Meを起動した。検索で、「日経」と入力すると、「あった!」。距離は500メートル少しだ。それなら今まで歩いた距離(概算)の1/10以下だ。しかし、ブロックをぐるぐるまわっても、それらしいビルが見当たらない。マップは、何故かちゃんと動作しない。少し歩いては検索して距離を縮める作戦をとった。もう、この頃には相当頭にきており、「絶対、何があっても日経産業新聞を買ってやる」と思っている。

なかなか距離が縮まらないので、近くの駐車場で車を誘導していた人に尋ねてみた。すると、「少々お待ちください」と行って、すぐに事務所のほうに入ってしまった。「一体どうしたのかな?」と思ったら、一枚の紙を持っている。それが、地図で、どうやら「自分のためにインターネットで日本経済新聞社札幌支店の場所を探して、それを印刷してきてれた」ようだ。

感動した。(T_T)

「駐車場」はグランドホテルという札幌では有名なホテルの駐車場だった。誘導の方が、4、5名いるが、制服に帽子で、その服装も身のこなしも言葉も非のうちどころがない。素晴らしい。どこからどう見てもホテルとは関係ない、怪しい身なりをしてTimbuk2のバッグをしょって「日本経済新聞社どこですか?」というわけのわからない質問をする怪しい自分に、あたかも英国の王子に接するようなていねいさだ。まさに「無駄にていねい」だ。

丁重にお礼をして、もらった地図を見ながらついに目指す日本経済新聞社のビルに到着したのは、それから5分も経っていない。日本経済新聞社札幌支店は、ビルの2Fにあった。階段が見当たらないので、自分の家の1000倍くらいきれいなエレベータに乗り込み、震える指で「2」を押した。静かな廊下を歩いていると、すれ違う会社員らしい人が自分にお辞儀をする。な、何故?とりあえず心の中で「逝ってよし!」とつぶやきながら、案内をたよりに日本経済新聞社札幌支店を目指す。もう何人たりとも邪魔はさせない。

日本経済新聞社札幌支店」という看板を見つけたとき、「ついにここまできたか」と感無量だった。内線電話の案内を見たが、今の自分にふさわしい宛先は書かれていなかった。そこで「総務」と書かれた番号を呼ぶと、女性が電話をとった。


あの、○○と申しますが、今日の日本産業新聞を読みたくて、あちこち探したのですが、どうしても見つからなくて。
そうですか?少々お待ちください。
え、ありますか?!思わず言葉がこぼれた。

まもなく20代と思われる小柄な女性の方がドアを開けてくれた。手には新聞を持っている。
ついに、ついに、俺は勝った。
新聞を受け取り、「どうもありがとうございました」と心からお礼を告げた。そのときだ。
女性は素晴らしい笑顔で言った。

「140円です。」

なんということでしょう。ものを買ったら対価を払うのは当たり前なのに、あまりに
新聞のことを考えていた匠は、そのことをすっかり忘れていたのです。
匠はここで、お金を払わずにダッシュしたりはしないで、ちゃんとお金を払いました。

あとから考えると、「どうしても見つからないから」と言って、日本経済新聞社の支社に新聞を買いに行く人は結構怪しいと思います。

おわり